2014/03
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さよならの代わりに。
昨日の朝、8:20。

縁じーちゃんがお空に向かって旅に出ました。

とても静かな、旅立ちでした。


今、縁じいとお別れしながらこれを書いています。




呼吸が止まった後、放心状態で横たわる縁じいを見つめていましたが、まるで笑っているような顔をしていました。


たくさんの方に応援して頂き、癒されるとか可愛いじーちゃんだと言って頂き、本当に嬉しかったです。

本当に、本当に、ありがとうございました。






昨年の夏の終わりに道端で動かない縁じいを見つけてからまだ半年と少し。

まだまだ一緒にいたかったし、もっともっといちゃこらしたかった。

だけど今は、苦しい時間がホントに短かったことを喜びたいと思います。





縁じいを見つけたのは、ほんの偶然の出来事でした。


本当に何か一つでも欠けていたら出逢うことはなく、きっとその日のうちにいのちの灯は消えていたでしょう。


シラミだらけで、背骨のゴツゴツとした縁じいを、病院で保定していた時の手の感触が今でもまだ思い出せるほど、本当に酷い状態だった。

これ以上バサバサになりようがない程、その毛並みは水気が無くて、まるでボロ雑巾のように道路に倒れ伏していたネコ。

生きてるとは思わずに身体に触れたら、ほんの少しだけ頭を持ち上げ、うなーとかすかに啼いた。

生きてたことに驚いて、抱き上げてみたら身体と顔の大きさに見合わない軽さにビックリして。


当初は復活するか自信がなかったけど、生と食に対する執着がとても強かった子だったから、きっと復活してくれると信じてお世話を始めた。

シラミだらけでバッサバサの毛並みは、丸刈りして何度もシャンプーをしていたら、ふわふわとした手触りの毛並みにどんどん変わっていった。





シラミの駆虫が終わり、キャリアっこ部屋にお引越ししたけど、最初はなかなかケージから出ようとしなくって。

だけどケージを開けると、赤ちゃんを抱っこするように、縦抱っこをせがむ縁じいが可愛くて。

シェルターに来る人来る人にいつも抱っこしてもらいたがった甘えっこの可愛いじーちゃまでした。




きっと産まれて初めて寝たベッドや毛布のふかふかが大好きで、いつもゴロゴロ喉を鳴らしながら毛布をふみふみちゅぱちゅぱしていた、可愛い可愛いじーちゃまでした。




年末年始に死線を彷徨い、まさかの復活をしてくれて、頭を上げた!水を飲んだ!喉を鳴らした!爪とぎした!と、一つ一つが嬉しくて、その都度まるこにメールしてw、喜んでいたのもほんの束の間で。


確かに復活はしてくれたけど、二度の死線を彷徨ったツケは大きくて、縁じいの身体はもう、ボロボロで。

白血病のウィルスも全てにおいて邪魔ばかりして、見た目は元気そうに見えていても、内臓はもう、ホントにボロボロで。

それでも病院に行くとあたしに甘え放題なのが嬉しいのか、とにかくご機嫌が良かったのもあり、数日起きに延々と病院に通い続け、やれることを探して毎回先生たちに無理難題をお願いして。

どうしても上がってくれない貧血の値に悩まされ続けていたけど内臓に問題を抱えすぎてる縁じいには、輸血という選択だけは出来なかった。


でも、出来ることは全部やってきたつもりだから、後悔は、ほぼ無い。


サンくんも調子を落としてるから、このところずっとキャリアっこ部屋に寝袋を持ってほんの少しだけ仮眠する生活をしていたけれど、横になると寝ちゃうから、寝袋に入って壁にもたれて過ごしていると、すぐに寝袋に入ってきて。

ご機嫌な顔をして撫でられてる姿を見るのが嬉しくて。


一昨日の夕方くらいから呼吸が粗くなってきたから、もう、残されてる時間が短いことは気づいてた。

だから少しだけでも長く一緒にいられるように休憩も減らしてなるべくキャリアっこ部屋に入り浸り。


お世話の合間も何度も何度も部屋に入って名前を呼んで、抱っこして。

明け方に近い頃、ようやく全部終わって一緒にいられるかな?という状態になって、寝袋を準備しはじめたら足元で待機してw


あたしが寝袋に入ったら、サンくんと争って場所取りをして。


福猫舎のブログを更新したあとどうやら一度少し寝落ちしたようで、ふっと気づいたら少し苦しそうな声で二回ぐらいうなーと啼いてくれて飛び起きて。


呼吸はどんどん苦しくなってる筈なのに、こんな顔して傍にいて。





この写真を撮って30分ぐらい経った頃、息を吸い込むことが出来なくなってきたみたいで、初めて苦しそうな顔に変わった。


それから10分足らずで、縁じいの呼吸はゆっくりと、止まった。



たった半年しか一緒にいられなかったけど、こんなにも愛してくれて、こんなにも愛させてくれて、ホントにホントにありがとう。


大好きだよ。縁じい。
ずうっとずうっと忘れない。


たくさんの方が縁じいのことを愛してくれていた。

たくさんの方が縁じいのことを応援してくれていた。


すごいね。
嬉しいね。

だって縁じい、ホントに可愛いじーちゃんだったもの。

実物に会ったヒトたちは、みんな虜になってたもんねw


ホントにホントに可愛いじーちゃんだったもんね。


一本しかなかった歯とか、尻尾の付け根をグルーミングしたくても届かない硬い身体とかw

ホントに全部が可愛かった。


出逢えたのは、偶然。

だけど絶対に、必然。


出逢えて、本当に、良かった。



さよならだけど、さよならっては言えないな。


だから、縁じいを連れてお別れに向かう車の中で、さよならの代わりに心からのありがとうをでっかい声でお空に向かって叫んでみた。


聞こえてるといいな。


ずうっとずうっとずうっとずうっと大好きだからね。





ホントにホントにホントにホントにありがとう。



いつかまたきっと。

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ただ、静かに。
テレビも新聞も、どこもかしこも「三年目」という言葉ばかりが飛び交って、昨日辺りから心がざわざわして落ち着かない。

復興などという言葉は、福島ではただ空回りしてるだけの、ただの戯言でしかないのに、テレビも新聞もSNSも、どこもかしこもそんなことばかり。


今日、昼の通院で病院へ行ったら、待っていたのは悲しい光景だった。

18歳のにゃんこさんを亡くされた飼い主さんがお迎えに来ていた。

診察を待つ間、なんとはなしにお互いに話しはじめたら、大熊町から避難されている方だった。

20km圏内が警戒区域に指定される2日前に、ある団体さんと一緒に飼い猫4匹を迎えに行ったという飼い主さん。

18歳のにゃんこさん。

頑張ったんだよー。
いいこだったんだよー。
と、短い間だったけれど、たくさんの自慢話を聞かせてもらい、滅多に名乗らないけど、レスキューボランティアをやってることを口にしたら、ボロボロ涙をこぼして、ありがとう。ありがとう。と言ってもらってしまい、ついつい一緒に泣いちゃった…。



あたしが圏内に初めて入ったのは2011年の4月19日。

警戒区域に指定される3日前。

死ぬまで忘れられない光景。
死ぬまで忘れられない現実。

仕事もプライベートも友人すらも捨て置いて、レスキューに毎週通うようになってから、東京へ戻る度に、どんどん心がぼろぼろになっていった。

虚構と現実に挟まれて、現実と現実に挟まれて。

仕事をしていても心は福島に置いてきぼり。

友人と飲んでいても、もう笑うことが出来なくなった。

あたしにとって、東京で暮らすということが「嘘」であり「偽り」になった。


当時は徹夜に次ぐ徹夜をして、多い時は週に3回も日帰りで東京福島を往復し、眠い目を擦りながら帰る高速で東京の灯りを見るたびに、涙が溢れて止められなかった。


たまたまきっかけがあったから福島への無理矢理な移住を決めたけど、そのきっかけがなかったとしたら、きっとあたしはレスキューをやめていただろう。

今、あたし史上最高に質素な生活をしていると思うけどw、うちの猫たち以外には守るものもなく、失うものも無かったあたしが起こした無茶な行動を、一緒に支えてくれる人がいる。

見守ってくれる人がいる。

応援してくれる人がいる。

共に行動してくれる人がいる。

これってホントにすごいことだと思うんです。



hibiさんと出逢わなければ、あたしは福猫舎をオープンすることなんて出来なかっただろう。

これだってきっかけはホントにびっくりする位の一瞬の出来事だった。


飯舘村で活躍してくれているたぬき除けの給餌器を、試作してみたから、とhibiさんに連絡を取り、設置してみようということになり、まるこを誘って一緒に飯舘村へ向かってた時、最後のコンビニの駐車場で少し立ち話をしていた時に、シェルター作りたいんだけど難しくて…と口にしたら、協力するよ。と会って二度目のhibiさんに言われたことに驚いて。

本気ですか?と思わず尋ねてしまったけれど、出来る協力はするから言ってやー、と明るく言われ、その後の車内でまること動揺しまくったことを昨日のことのように覚えてる。

それが2012年の12月の終わりのこと。

そこから怒涛のごとく、物件を探し内見に言って試算して…ということを何度も何度も繰り返し、今のあぶくまシェルターを見つけたのが2013年の1月の終わり。

今度は内装の手配や備品の手配に忙殺されて、支援の予測なんかも全く想像がつかないまま、手探りでのスタートだった。

不安も恐れもたくさんあるけど、とにかくやろう!と決めたから、一人で残す母のことが一番気がかりではあったけど、止めても無駄でしょ?と寂しい笑顔で言われて、ごめん、と謝ることしか出来なくて。


たくさんのことを犠牲にして、たくさんのことを置き去りにして、今のあたしの生活が始まった。

それが去年の今日。


福猫舎をスタートしてから、今までに保護した猫は100匹を超えている。

あたしもまるこも、きっとちょっとイカレてるから出来ることだとは思うけど、何よりも保護っこのケアを優先してこの一年を過ごしてきた。

ずうっと応援し続けてくださっている方がいて、たまたま見つけてくださった方が新たにご支援くださって。

たくさんの方に背中を押され、見守られ、あたしたちは動き続けることが出来ている。ということをしみじみつくづく実感する。


細々とだけど、保護っこたちのケアをしっかりとやりながら一年を過ごすことが出来たことに、本当に心から感謝します。


見送ったいのちも、守れなかったいのちも、あたしたちが奪ってしまったいのちもあるけれど、そのいのちの重さをしっかりと心に刻み込んだまま、明日から迎える二年目を、またみんにゃさんとしっかり向き合いながら過ごしていきたいと思う。


明日は静かに空を見上げて、心からの祈りを込めながら過ごそう、と思う。


ただ、静かに。
プロフィール

犬班A。

Author:犬班A。
諦めの悪い40代。
絶対に、命を、諦めない。
例え蜘蛛の糸しか繋がっていなくても。

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