2013/12
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心からの感謝を込めて。
間もなく今年が終わる。

怒涛のごとく、駆け抜けた一年だった。

たくさん泣いて、
たくさん笑って、
たくさん苦しんで。

毎日を必死で過ごした一年が終わる。

明日から始まる来年も、何も変わらず同じく走り続けるだけなのだけど。


たくさんの優しい声を聞いた。

たくさんの暖かな手に背中を押してもらった。

たくさんの厳しいご意見に心を引き締め続けてきた。

生半可な気持ちで始めた訳ではないけれど、何度も何度も心が折れそうになった。

だけど今、あたしはここで新年を迎える。

大切な子たちと一緒に過ごす、始めての年越しタイム。


ちっぽけなあたしたちを応援してくださり、一緒に笑って、一緒に泣いてくださることに、心からの感謝を込めて。

また明日からはじまる一年を、しっかりと地に足つけて頑張って過ごしていきたいと思います。


いのちを守るために、
いのちを繋ぐために、
ひたすら頑張り続けます。


どうか見守り続けてください。

本当に、本当に、ありがとうございました!!



年内にお世話が終わらなそうなので、一足早く年越し蕎麦w



食卓は相変わらず段ボールだけどw


あ、縁じーちゃん。
頑張ってます。

今朝はa/dとミルクをちょこっとずつ飲んで、食べてくれました。






眼にはしっかりと力が戻ってきました。



焦らず気負わず落ち着いて。

しっかりと復活出来るようにゆっくりゆっくり頑張りたいと思います。



みんな良い夢を。
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戦いの日々は続く。
すっかりと全くもって余裕を無くし、ご報告をしなくてはならないことも多々あるにもかかわらず、個人のブログも福猫舎のブログも更新が出来ませんでした。


この間にもたくさんのご支援の物資も頂戴しておりますし、ご心配やエール、お問い合わせなどのメールも頂戴しておりましたが、過去最大のゆとりの無さで、全く対応が出来ておりませんでした。



今、縁じーちゃんと一緒に言葉通り死に物狂いで戦っています。

ギンを見送った日に、キャリアっこの部屋で血尿か血混じりの吐瀉物を見つけ、誰だか分からず観察をしていたら、翌朝縁じーちゃんの血尿だと分かり、ギンを連れて葬儀場へ行った帰りに病院へ寄り検査をしてみたら、検査キットが振り切れるほどの糖の数値が出てしまい、当日からインシュリンの投与をはじめましたが、多臓器不全の状態となり、一時は手を離さなければならないかと思える程容態が悪化してしまいました。




気づくのが遅かったのかと自分を恨みも呪いもしましたが、本当に急激な悪化だったらしく、不眠不休で対処していたら、ようやく少しずつ快方に向かいはじめてくれました…。


途中、横になったまま、動くことも出来ない縁じーちゃんを見続けている中で、一度はもう諦めた方が…という迷いに飲み込まれてしまいそうになりました。


その気持ちのままで病院に行き、治療しようとしてくれている先生に伝えたら怒られました…。


この子はまだやれることあるよ!
あなたが先に諦めちゃダメだよ!
と、キッパリと怒られました。


先生にそう言ってもらえたことで腹がすわりました。


戦おう。
あたしらしく、しつこく、しぶとく、粘って粘って、一緒に戦おう。

そう、決めました。



ピッピを見送り、エリカを見送り、ギンを見送り。

その時点でかなりの不眠状態でしたが、仔猫たちの白血病の陰転治療のためのインターフェロン連続投与もあったため、吹雪いている中もヨロヨロと病院へ車を走らせ、帰宅したらすぐ縁じーちゃんや他の治療などの子を連れてまた病院へ。

そして夜通し縁じーちゃんの側に付いて容態を確認して…とやっていたら、多分ここ10日間で12時間ほどしか寝ていなかった…。


昨夜の診察で少しだけ快方に向かってくれたことと、血尿の残渣のせいで尿道が狭窄してきたことから、尿道カテーテルを入れたことにより排尿の介助が不要になったため、昨日短時間だけど本当に久しぶりに布団に潜り込むことができました。


寝られたのは結果的に3時間もありませんでしたが、ようやく心がここに戻ってきたような感じです。


本当にご心配をおかけし、申し訳ありませんでしたが、あたしも、縁じーちゃんも、なんとか復活できそうなので、どうぞご容赦くださいね。


縁じーちゃんは、まだまだ予断は許しませんが、昨夜ようやく高過ぎた数値も下がり、自力で頭を持ち上げてくれるようになりました。


さっきはしっかりと身体を自分で持ち上げ、ほんの少しだけお水を飲んでくれました。




もう、これ以上見送る勇気は持っていないので、なりふり構わず必死になって、二人三脚で復活を目指します!


今年も今日でおしまい。


たくさんの感謝の気持ちに包まれ、たくさんの涙に塗れ、毎日必死に駆け抜けることが出来たのも、応援してくださる方たちの優しく力強い手がいつも背中にあったから。


この時期にシェルターを開くということ。

不安や迷いはあまり無く、とにかくやるんだ!という気持ちだけで突っ走ってきました。


無理も無茶もしてるけど、無謀だけはしない。


そう思いながら毎日猛ダッシュを繰り返していますが、そんなあたしたちを、保護っこたちを、見守ってくださることに、応援してくださることに、心の底から深く、深く、感謝して。



一日一日を大切にしながら、今日も過ごして行こうと思います。


頭をあげて、前を見て。

しっかりと自分を見つめて、保護っこたちと向き合って。


戦いの日々は続くけど、凹まず必死に前を見て。


頑張ります!
長い夜。
ギンが、死んだ。

もう、二度と抱けない。

静かな最後だった。

静かに静かに旅立った。


ピッピを見送り、エリカを見送り、もうへなちょこモード全開だったあたしを、独占できるまで待っていてくれたのかな。


あたしのことが大好きだったギン。


ギンのことが大好きだったあたし。


相思相愛。

愛し愛され。

幸せな500日近い日々が、終わった。

そしてギンの戦いの日々が、終わった。







ギンは、警戒区域になっていた南相馬市小高区のあるおうちの飼い猫だった。

警戒区域になってからも、徒歩や自転車で自宅にこっそりと通い給餌をしていた飼い主さんだった。


飼い主さんから保護依頼の連絡があったのは昨年の3月。

飼い主さんが給餌に行っても出てこない日が続き、ようやく姿を見せたギンは、すっかりと衰弱していたそうです。

保護した後は、慢性の鼻気管炎、蓄膿症、腎不全、腎性貧血、口内炎と、悪い所のオンパレード。

食欲にも波がある子だから、点滴と投薬で騙し騙し養生してもらっていたけれど、何故かあたしのことを尋常じゃない程気に入ってもらえていたので、前にいたシェルターを辞めた時に飼い主さんと話し合い、引き取らせてもらうことになって。

飼い主さんに聞くと、小高にいた頃は完全な外飼いの猫で、室内にはほぼ入ったことはなかったそうで。

シェルターに来た当初は、出せー出せーと、一生懸命窓を開けようとしているのを見るのが辛かった。

だけど外に出られないことを理解してからは、あたしにも、あたし以外のスタッフにも甘えるようにはなったものの、いつも孤高の猫って感じで一人お気に入りの場所で過ごす子だと思ってた。


会津に帰った初日、片付けも終わっていない荷物の中に布団を敷いたら、当然のように布団に潜り込んできたギンに、びっくりしたことを鮮明に覚えてる。





その日からあたしの右側はギンの居場所になった。

左側にはさぶろー。

奪い合うこともなく、さぶろーの側には近寄らず、必ず右側に潜り込んでくるギン。

全盛期にはきっと7~8kgあったんじゃないかな、と思える位のぶっとい手足とでっかい顔。

そのでっかくていかつい顔で、毎日爆音のゴロゴロ音を響かせて布団に潜り込んでくるギン。

寝られないよーと嬉しい笑いを毎日あたしに与えてくれた。

腎不全の治療も途中までは頑張っていたけれど、今年の二月に肝臓まで悪化して、死線を彷徨ったギン。

諦めかけるあたしを見つめる目の力を信じて、ギンの生命力を信じて、なんとか復活してくれて。

だけど復活してからは、お薬を見ると走って逃げたりするようになったから、補液以外の治療らしい治療はもうやめることにして。

ギンが生きたいだけ生きればいいよ、といつも言っていた。


ここ数ヶ月、あたしの手からしかご飯を食べなくなって、毎日毎日布団に潜り込んでギンのためにお皿を持って。


毎日何度もギンとの逢瀬を慈しみながら過ごしてた。

1gでも多く食べてくれると嬉しくて泣き、食べる量が少ない時は悲しくて泣き。

少しでも穏やか日が長く続くことだけを願ってた。


毎日毎日慢性的な寝不足だから、ギンとのいちゃこらタイムと呼んでたご飯を布団の中であげてる時に、ついつい睡魔が襲ってくるのを耐えるのに必死になりながら、毎日毎日過ごしてた。


あたしの寝るのが遅くなればなるほど、枕の上に陣取って、寝る前に撫でれと鼻水垂らした頭をごっつんしてくるギン。

布団にようやく潜り込むと、そそくさと一緒に潜り込んできて腕枕を要求するギン。

でっかいゴロゴロ音のせいで布団に入ると睡魔が吹っ飛ぶことも多かったw


大好きな、

だーい好きな、

幸せな時間。


だけど、もう、いない。逢えない。


昨日の夜は、もう頭も上がらなくなってきて、意識もあるのか無いのかはっきりしなくって。

お世話の合間に何度もギンの様子を見に行くと、その度に尻尾でお返事してくれていた。

バタバタとお世話を終わらせ、膝の上に抱っこして。

名前を呼ぶとゆっくりとパタンパタンとお返事する尻尾を見ながらずうっとずうっと撫でていた。




明け方近くなってきた頃には、尻尾でお返事することも出来なくなって。


明け方5:19。

ふうっと大きく息を吐いて呼吸が止まった。


そして、心臓も動くのを、やめた。


重積発作が起きないためには何をしよう、とか、苦しむ時はどうしよう、とか、必死にネットで情報を探していたあたしを置いてきぼりにするように、本当にあっけなく旅立ってくれたことに安堵して。

苦しまなくて、苦しい時間が少なくて、良かった。


長い、長い、夜が終わった。


息が止まる直前までだーだー泣いていたけれど、食べたいものも食べられず、ただあたしのことだけを見てくれていたギンの時間が止まった時は、涙は出ることは無く。

もう、苦しまなくていい。

もう、辛くない。

そのことに、ただ安堵して。


その後はずうっとまた泣いて、泣いて、泣いて。


ギンの身体をずうっと抱きながらただ泣いて。


朝になってちびちゃんのお散歩にヨレヨレになりながら向かい、みんにゃさんのお世話をしてから、飼い主さんに電話して。

昔話を聞いたりしながら、ギンは幸せでしたね、と言ってもらって。


あたしもギンに幸せにしてもらいましたと返事して。


お互いお礼を言いながら電話を切ったらまるこから連絡をもらって。

来てくれるというまるこに頼んで、たーーーっくさんのお花を買ってきてもらい、ギンが照れちゃうんじゃないかと思える位のお花でギンを埋め尽くして。




今日、一日だけ。

もう、一日だけ。

長い、長い、夜を一緒に過ごしてから、明日はその身体を脱ぎに行こう。


ダダを喪い、やきそばを喪い、さぶろーを喪い、そしてギンもいなくなり。

あたしの心の中にはでっかいでっかい穴ぼこがぼこぼこ空いていて。

埋まることのない、穴。

埋めることのできない、穴。

みんなの形をした穴を、毎日思い出しながら、

埋まることのない穴を、愛で埋め尽くしながら、

これからも必死に頑張るよ。


愛してるよ。ギン。

大好きだよ。ギン。


ゆっくりゆっくり休んだら、たまにかーちゃんの夢に出てきてね。


かーちゃんは、ギンの形の穴ぼこを、ずうっと開けたまんまで待ってるよ。


大好きなギン。


いつかまた逢う日まで。


バイバイ。


ずうっとずうっと愛してる。
明日に向かって。
先月から全くレスキュー記事を書けていなかった。

だけど日々のみんにゃさんのお世話をしっかりとやりつつ、治療や介助をしっかりとやりつつ、ほぼ毎週給餌とレスキューには行っていた。


無理をしているのかもしれない。

無茶をしているのかもしれない。


だけど、シェルターにいる子たちを見ていると、頑張って生きている子たちのことを、尚更に強く思ってしまうから、どうしても身体は圏内へと向かってしまう。


先週のレスキューの時、友人のボランティアMさんと途中で合流して、回りにくいポイントを一緒に回っていた。


前を走るMさんの車が止まり、車から降りて車の前へと進んでいったMさんが、困り顔であたしの方を振り向いたから、車を降りてMさんのところへ行ってみたら、そこにいたのは痩せたおかーさんにゃんこと四匹の仔猫さん。


人慣れしているおかーさんにゃんこは、痩せた身体でご飯ちょーだいと寄ってくる。


仔猫たちは多少ビビりながらも、あたしらに近づくおかーさんの周りをウロウロしてて。


双葉町の片隅。


国有化という話が出てきてしまった今、もし国有化になったら閉ざされて絶対に入れなくなってしまう場所。


連れ出そう。

と、二人で頑張って保護しようとしたけれど、おかーさんは抱っこで捕まるのに、仔猫たちはニンゲンを知らないから勿論なかなか捕まらず。


給餌にも回らなきゃやらないから、ケージに入れたおかーさんをそこに残して周りに捕獲器をかけて。

Mさんとはそこで別れてお互いにポイントを回って。


でも結局仔猫二匹までは保護したけれど、残りの二匹は保護出来ず。

まだ小さい仔猫たちを残しておかーさんを連れ出すことは出来なくて。



絶対に来週もここにいるんだよ。

どこかに行っちゃダメだからね。


と、言い聞かせながらおかーさんを抱っこして、散々おやつやウェットフードを食べさせてから、半ベソをかきながら仔猫と一緒にリリース…。


他にもクリちゃんのおうちや、以前ににゃんこを見てる場所にも捕獲器をかけたけれど、最近は短時間ではなかなか猫は入ってくれなくて。

捕獲器に入っているのは、ねずみさんや、疥癬でボロボロのたぬきさん、あとは元気なあらいぐま…。


冬が来ちゃう。

どうしたらいい?

と心は焦りまくるけど、出来ることは毎週通い続けることだけ。

そんなことしか出来ない。


週明けからMさんと連絡を取り合って、捕獲器ではない手段も含めて持って行くものなんかを決めて。


今日、朝一番で他にかけたい場所に捕獲器を置いたり、置きにくい場所にフードを置いてからにゃんこさんのところで待ち合わせ。


…いた。

良かった…。


持って行った大きめのケージにご飯を入れて。

出たり入ったりしながら、少しずつ警戒心を解いてくれるのを待ったけど、全員はどうしても入ってくれず…。

仔猫たちはひとまず二匹は保護できて。


残りの二匹は姿を見せたり隠れたり。


仕方ないからおかーさんを抱っこして捕まえて、またケージに入ってもらってから、周りに捕獲器を置いて一旦給餌に戻って。


ダッシュで給餌ポイントを走り回りながら、少し余裕のある時間に戻ってみたら、三匹目の仔猫が捕獲器の中で困ったようにウロウロしてて。

四匹目の仔猫は、更に困ったように捕獲器の周りをウロウロと…。


そぉっと近づき三匹目の子を車に乗せて、捕獲器の角度を変えて少し離れた場所で待ってみたら、小さくカシャン!と捕獲器の蓋が閉まった音がして。

ドキドキしながら見に行ってみたら、
入ってるー!


やったぁーーーー!

親子揃って出られるよ!


すぐにMさんに電話して、全員保護できたよー!と喜びいさんで伝えたら、電話の向こうからも大はしゃぎの声が返ってきて。


ひとまず全員車に乗せて、残りの給餌ポイントを必死に回り、最後のおうちでみんな一緒のケージに入れ替えて。


ビャービャー!と騒いでた仔猫たちは、おかーさんと一緒になったら、後ろの座席から聞こえてくるのは、おっぱい吸ってるチュパチュパする音と、ゴロゴロゴロゴロ喉を鳴らす音だけで。






…良かった。

みんな一緒で本当に良かった。


今週もまた駄目だったらどうしよう、とホントに不安だったから。

またリリースするのは嫌で嫌で仕方なかったから。


みんな一緒に、ここから出よう。


にゃんこたちは、Mさんが受け入れ先を考えてきてくれたので、帰り間際に受け渡しして。


ふぅーーっと大きく、息を、吐いた。


久々に嬉しい気持ちで帰ることの出来るレスキュー。


警戒区域が解除になった町だけじゃなく、人の入れない場所でも除染が始まっていたりして、町のそこここに黒い袋が置かれていて。




だけどそこに、人は、いない。



今、この国はどこへ向かっているんだろう。

今、この国は福島のことをどうしようと思っているんだろう。

迷走とか、混沌とかって言葉があまりにも似合うこの日本という国。政治。


福島は、あの日から、なにも変わっていないのに。

なにも始まってもいないのに。


嬉しい気持ちと裏腹に、そんなことを考えながら夕陽に向かって帰りの車を走らせて。




だけどあたしに出来ることは一つのいのちを救うことや、一つでも多くのいのちを繋ぐことだけなのだから、出来ることをコツコツと。

ただコツコツとやり続けよう。


また、来るから。

絶対に、諦めないから。


ちいさな希望を持ち続けながら、明日に向かって頑張るから。



【福猫舎へのご支援のお願い】

たくさんの嬉しいご支援を頂戴しておりますが、毎日大量に使用する保護っこや仔猫たちのフードやトイレの砂、また、頑張って生きている子たちのための給餌用のフードなど、お願いするばかりで本当に申し訳ありませんが、どうかご支援を宜しくお願い致します。



福島の被災犬猫のために開設したハウス型シェルター『福猫舎』では、ご支援を求めています。

本日現在の保護っこの数は、あぶくまシェルターとまるこシェルター、合わせて107匹。

また、人のいない避難地域で必死に生きている小さないのちのため、どうか応援を宜しくお願い致します。

シェルターで必要なフードや物資、維持やレスキュー、医療などにかかる資金、そして、なによりもいのちを繋ぐための給餌フードを、少しだけでも結構ですので、どうかご支援をお願い申し上げます。


大変恐縮ですが、以下のページにご支援についてのお願い事項をまとめさせて頂きました。

こちら


ちっぽけな力かもしれませんが、私たちに出来得る精一杯のことを、終わらなければならなくなるまで頑張りたいと思っていますので、どうぞ宜しくお願い致します。
プロフィール

犬班A。

Author:犬班A。
諦めの悪い40代。
絶対に、命を、諦めない。
例え蜘蛛の糸しか繋がっていなくても。

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